メールマガジンNo05~社長・経営陣のための人事労務管理(定額残業代に関する注目最高裁判例7/19続)
■INDEX■(定額残業代に関する注目最高裁判例7/19-日本ケミカル事件 続編)
前回のメールマガジンで触れましたとおり、さる7月19日、最高裁がいわゆる定額残業代の有効性に関して新たな判断を示しました /日本ケミカル事件最高裁
(最高裁の全文http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=87883)
■1 最高裁の内容(前回のおさらいも兼ねて)■
(1)【事案】
・上告人(第1審被告)は保険調剤薬局の運営会社(日本ケミカル)です。
・被上告人(第1審原告)は、そこで、勤務していた元従業員の薬剤師です。
・いわゆる残業代の支払を求めた事案で、最高裁で注目されたのはいわゆる「固定残業代」の有効性の議論
(*予め定められた一定額を「時間外手当」等として支給している場合に、この支払いをもって法定(労基法37条)の時間外手当の全部(又は一部)の支払と言えるかどうかの議論)です。
・固定残業代制を導入している企業は昨今非常に増えているだけに注目が集まりました。
(2)【控訴審】
・控訴審は、固定残業代の有効要件を狭く設定し、「無効」と判断しました
(「・・・定額残業代を上回る金額の時間外手当が法律上発生した場合にその発生の事実を労働者が認識して直ちに支払を請求できる仕組みが備わっており、
これらの仕組みが雇用主により誠実に実行されており、基本給と定額残業代の金額のバランスが適切であり、
その他法定の時間外手当の不払や長時間労働による健康状態の悪化など労働者の福祉を損なう出来事の温床となる要因がない場合に限り、
定額残業代の支払を法定の時間外手当の全部又は一部の支払とみなすことができると解される。)
(3)【最高裁】
・最高裁は、結論として、固定残業代の支払として、「有効」と判断しました(高裁が設定したような「事情」は「必須ではない」としました)。
■2 従来の裁判例■
・固定残業代について、どのような要件を充足すれば有効かについては、最高裁を含め、数多くの裁判例が出されてきました
(平成24年3月8日テックジャパン事件最高裁、平成29年2月28日国際自動車事件最高裁、平成29年7月7日医療法人社団康心会事件最高裁等)。
・従来、固定残業代が有効であるためには、いわゆる明確区分性(通常の労働時間の賃金にあたる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができること)が必要と言われており、
特にテックジャパン事件最高裁における1名の裁判官(櫻井裁判官)の補足意見では、「・・・便宜的に毎月の給与の中にあらかじめ一定時間
(例えば10時間分)の残業手当が算入されているものとして給与が支払われている事例もみられるが,その場合は,
その旨が雇用契約上も明確にされていなければならないと同時に支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならないであろう。
さらには10時間を超えて残業が行われた場合には当然その所定の支給日に別途上乗せして残業手当を支給する旨もあらかじめ明らかにされていなければならないと解すべき・・」といった説示がされたこともあり、
ちまたでは、
◇「(上記櫻井補足意見や下級審裁判例からも、)「明確区分性」に加え、「金額や時間数の明示」、
さらには、「残業代の精算合意」、「精算実態」が必要なのか?(何か1個でも欠けたら無効か?)」
◇「固定残業代の要件は結局は厳しい?」
といったことがまことしやかにささやかれていました。
■3 最高裁の衝撃とそれにより生じた疑問■
・そんな中、今回の7/19最高裁の事案の重要な事情の一つとして
「業務手当(※固定残業代に相当する手当)が何時間分の時間外手当にあたるのかが本人(従業員)伝えられていなかった」
という点がありました。従来の判例からすれば、「時間数を知らされていないのだから無効」というとらえ方もありえました(実際、上記の通り、第2審は無効と判断しました)。
・しかし、最高裁は、以下の通り述べ、結論的には「有効」と判断しました。
(最高裁の判示:)「雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、
(1)雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、
(2)具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである。
労働基準法37条や他の労働関係法令が,当該手当の支払によって割増賃金の全部又は一部を支払ったものといえるためには・・・、
原審が判示するような事情が認められることを必須のものとしているとは解されない。」
・そこで、この最高裁判決は何なのか?という疑問が生じたわけですね。
従前の裁判例と比較した場合、一見矛盾?とも思われる今回の最高裁をどのようにとらえるべきなのでしょうか。固定残業代制の制度設計にはどのような影響があるのでしょうか。
■4 分析■
・結論としては、今回の最高裁は、従前の最高裁と矛盾するわけではなく、今回の最高裁が、「有効無効の判断枠組みを明確にした」と捉えることができます。
・そもそも、根底にあると思われるテックジャパン「補足意見」ですが、法廷意見に加わった裁判官がさらに自分だけの意見を付加して述べるもので、最高裁としての見解でないことは理論的に明白です。
下級審やこの「補足意見」まで含めると、厳しい判決も相応に多かったといえますが、冷静に、最高裁に特化すると、実は、判断枠組みとしてガチガチの要件を提示したものがあるわけでなく、
リーディングケースの高知県観光事件、テックジャパン事件(補足意見以外)及び今回の日本ケミカル事件に着目すると、
根本は、「残業手当の部分が明確に区分できること」と「その他考慮すべき諸般の事情」で判断すると整理されたといえます。ある意味シンプルですね。
■5 実務対応■
・上記の通り整理されたことから、実務としては、「一つの要素(ex精算合意、時間明示)が欠けたら必ずアウト」といったことは減ることになります。
・他方で、「諸々の事情」が考慮されることとなり、実態として妥当な判断が導かれやすくなる一方で、「最終的に有効なのかどうか」、という点からは、予測可能性はやや減少したとも言えます。
・そして、今回、最高裁が出ましたが、従前の裁判例や通達などで議論されていた考慮要素も決して無視できるわけではありません。
◇ーーー自社の制度設計は今回の最高裁に照らすと有効なのかーーー◇
今一度、見直す良い機会かもしれません。
いかがでしたでしょうか。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
これからも有益な情報をお届けして参ります。
秋雨を感じる日が増えましたね。体調ご留意くださいませ。